API設計について語られるとき、多くの場合は
「RESTかGraphQLか」
「エンドポイントの粒度」
「命名規則」
といった技術的な作法の話になりがちです。
もちろんそれらは重要です。
しかし現場で本当に差が出るのは、そこではありません。
私は最近、美しいAPI設計とは何かを考えるようになりました。
それは技術選定の話ではなく、システムの秩序の話です。
APIが増えるほど、なぜシステムは壊れていくのか
多くの現場では、機能追加のたびにAPIが増えていきます。
最初は小さな連携だったはずが、気づけば
- システムAがシステムBを直接叩く
- システムCが独自解釈で同じデータを持つ
- 仕様変更の影響範囲が誰にも分からない
といった状態になります。
それぞれは「正しく」作られているのに、全体としてはどんどん扱いづらくなっていく。
この違和感の正体は、中心が失われていることだと思っています。
分散した正義は、秩序を壊す
各システムがそれぞれに正義を持ち始めると、
- データの定義が微妙にズレる
- 「この項目はどれが正か」が分からなくなる
- 修正のたびに調整コストが爆発する
という事態が起こります。
誰も間違っていない。
でも、誰も全体を保証できない。
これは設計ミスというより、思想不在の結果です。
APIは「中央の再定義」である
私が考えるAPIの本質は、中央をどこに置くかを再定義することです。
APIは単なる連携手段ではありません。
システム全体の秩序を統合する行為です。
どのデータが正か
どのルールが最終判断か
どこまでが責務か
それを明確にするための境界線が、APIです。
基幹システムを太陽に据えるという考え方
システム全体を宇宙に例えると、
基幹システムは太陽のような存在です。
- 他のシステムは惑星として回る
- 惑星同士が直接引き合わない
- 重力(ルール)は中心から発生する
この構造を意識すると、設計は驚くほどシンプルになります。
各システムは自由に動いていい。
ただし、中心を勝手に作らない。
この一線が守られていると、
システム全体に秩序が生まれます。
秩序が生む合理と、美しさ
美しいAPI設計とは、
見た目が洗練されていることではありません。
- どこを直せばいいか直感的に分かる
- 影響範囲を説明できる
- 属人化しにくい
こうした運用上の合理が積み重なった結果として、それを「美しい」と感じます。
美しい設計は、運用コストを下げる
API設計に思想があると、
- 説明コストが下がる
- 調整コストが下がる
- 不安が減る
という効果が出ます。
結果として、
「このシステム、分かりやすいですね」
と言われるようになる。
それはUIの話ではなく、構造の話です。
思想のないAPIは、ただの口になる
APIを増やすこと自体は簡単です。
しかし、中心を意識しないAPIはシステムに口を増やすだけになります。
何を語る口なのか
誰の判断を伝える口なのか
それが定義されていないAPIは、いずれノイズになります。
おわりに
美しいAPI設計とは技術力の高さではなく、構造への理解だと思っています。
基幹システムを中心に、バラバラに動いていたシステムは連鎖して動き、合理が生まれ、非合理が排除され、美しさと理屈が落ち合う。
その答えを持ったAPIだけが、時間が経っても崩れないシステムを作ります。

